国語の教員でしたが、アメリカで子育てをして、日本に帰国しました。

高校の国語科教員を退職し、長女が1歳の時に渡米し、2022年に帰国しました。3人目も無事出産しました。

正直者のエイブ

日本で、あってはならないことが起きてしまいました。いつか起きる、いつ起きてもおかしくはない、そんな気がしていましたが、実際に起きてしまったことへの衝撃は大きいです。

 

呑気な記事をアップしようと思っていましたが、予定変更…。今日は、私がアメリカにいた頃にずっと思っていた、どうでも良いことを書きます。

 

アメリカから日本を見ていた時、元総理の安倍さんは、実際にやってきたこととは裏腹に、どうもアメリカでは「日本国民からの支持率も高い賢人」という扱いを受けている気がしていました。

首相時代、私の住んでいた地域にあるレストランにランチに来たことがあり(国際会議の帰り道だったようです)、昭恵夫人の感謝状がレジの横に貼ってあるのを行くたびに目にしました。手書きのサインもなく、おそらく秘書がパソコンで打ったものだと思いますが…。その当時、地元民の反応は意外にも、「日本のリーダーがこの街に来て食事してくれた!光栄だ!」という風潮でした。なぜここなのか?ということに関しては、もちろん景色も良かったのですが、空港が近いのと、海に囲まれていてセキュリティ上都合がいい、ということなんじゃないかと我が家では話していました。

長期政権になったことは間違いないですし、その後の菅政権も、現在の岸田政権も、実質的には安倍政権の延長みたいなものだと思います。国民からの支持率も高く、「アベノミクス」や「アベノマスク」といった新ボキャブラリーを定着させ、「忖度」という難読語を誰もが読めるようにしたというのは、大きな功績だったと思います。きっとこういう人が憲法を変えていくのだろう…。歴史に名を残す政治家というのはこういう人なんだろうなと思っておりました。

 

それにしてもアメリカでなぜか賢人扱いされることに対して、私はずっと思っていたことがあるのです。このことを、何かの機会に誰かに伝えたい…と思っていたのですが、まさかこんな機会がやってくるなんて…。割とどうでもいい持論なのですが、これを機に残しておきたいと思います。

 

私がアメリカで初めて知った言葉に “ Honest Abe ” という言葉があります。

“ Abe “ は、「アベ」ではなく、「エイブ」と読みます。

“ Honest Abe ” (オネスト・エイブ)、「正直者のエイブ」。

これは、アメリカの歴史上最も偉大で、最も愛される大統領に数えられる、Abraham Lincolnエイブラハム・リンカーンの愛称なのです。4、5歳児向けの伝記絵本に書いてあったことなので、誰もが知っていることなのだと思います。そして、アメリカ人の脳細胞に刷り込まれているのではないかと思うのです。

 “ Honest Abe ” 日本人が思わず「アベ」と読んでしまうように、アメリカ人が「Abe」という文字を見た時、おそらく「エイブ」と読んでしまっているのではないでしょうか。知識として「アベ」だとわかっていたとしても、頭の中で一旦「エイブ」と読んでしまうと思います。ましてや、新聞などで文字を見るだけの人は「エイブ」としか読んでいないという可能性も大いにあります。

つまり、「Abe」という名前は、アメリカ史上最も尊敬される政治家、リンカーンを想起させるのです。このことが、安倍さんのアメリカでのイメージアップに一役買っていた…ということはないでしょうか。考えすぎでしょうか…。

今回の事件のニュースを目にしたアメリカ人は、やはり胸の内で安倍さんとリンカーン大統領をオーバーラップさせたにちがいありません。言うまでもなくリンカーン大統領も、銃撃され、暗殺されていますから。





令和の日本で、このような痛ましい事件が起きてしまったことは本当に残念で、信じたくありません。現職の総理ではないにしろ、影響力の大きな人物だったでしょうから、もっと警備を厳重にできなかったものでしょうか。

私達がアメリカにいた頃、オバマ大統領がダウンタウンにやって来たことがありました。大統領の通行が運悪く夫の帰宅時間に重なってしまい、会社の前の通りは通行止めになっていたそうです。写真や動画を見せてもらったのですが、歩道は機関銃を肩から下げた警察が並び、かなり威圧的な雰囲気でした。かなり長い時間待ったようですが、待てど暮らせど大統領車両はやって来ず。それまで他の人もそうしていたので、道路の向こう側のバス停へ行こうと歩いて車道を横切ろうとしたところ、警察に「車道から出ろ!!」と叫ばれたそうです(笑)。何でそんなことしたの、撃たれなくてよかった…。それから少しして、車両の隊列がやって来たので、自分は最後に道路を渡った人物だった、と言っていました。大統領も、パレードではないので、もちろん車から手を振るなんてことはなく、先導の車両の隊列に続いて大統領専用車っぽい車が2台続けて通りましたが、どちらに乗っているかは分からないようになっていたようです。

そういえば、この4月に日本へ帰国する日に、ちょうどバイデン大統領が来ていて、「空港までの道が通行止めになったらどうしよう…」と心配したものです。

 

とりとめのない記事になってしまいましたが、ご冥福を心よりお祈り申し上げます。