国語の教員でしたが、アメリカで子育て始めます。

高校の国語科教員を退職し、長女が1歳の時にアメリカで生活を始めました。英語から最も遠い職業だった私の、渡航から英語の学習、米国での生活、三人の子どもの教育等を綴ります。

アメリカでコロナ禍出産をしました。(その3 最終回)

アメリカでのコロナ禍出産の顛末を綴っています。

 

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1日目 入院そして出産

2日目 入院生活その1

3日目 入院生活その2

4日目 退院

5日目 久々の自宅

6日目 ER搬送→再入院  ←イマココ

7日目 マグネシウム点滴

8日目 退院

9日目 退院指導のため病院泊

10日目 NICU退院

 

6日目

朝血圧を測るも、165/90 のような数値でした。昨晩よりはだいぶましになったものの、160以上出たら電話するよう言われていました。「これは電話だな。つながるまで時間かかるし、本当、英語の電話イヤだな…。」そう思いながらも仕方なくかけます。何とかお世話になっている医師のオフィスまでたどり着き(自動音声でたらい回しにされるアメリカあるある)、ナースに状況を伝えました。しばらくすると、医師の判断を伝える電話がかかってきました。今回は医師から直接ではありませんでした。ナースによると、今すぐ産科のあった病院のERへ行くように、とのことです。「ERって、あの?緊急救命室(ドラマ)?」

ERとはEmergency Roomの略です。もちろん今まで足を踏み入れたことはありません。そしてこのコロナ禍。どうなっているんだろう…大丈夫だろうか…。それでも仕方ないので行くしかありません。荷解きしたばかりのバッグにまた入院グッズを入れ、再び病院の入り口まで家族全員で車に乗って向かいました。ERってどこにあるんだろう?「Emergency」の看板辿っていけばいいんじゃない?という話をしながら、何とか到着しました。救急車用に「Emergency」の表示は色々なところに分かりやすく書いてありました。救急車ではなく、自家用車で到着。「今度こそ赤ちゃん連れて帰ってきてね〜」夫と子ども達とお別れです。ガラスの自動扉を入ると、専用の受付があり、前の人達が受付中でした。この人達も自家用車で来たっぽいです。「よかった、救急車使わなくても普通に来ていいんだ…?」受付で熱を計ったり、生年月日と名前と症状を伝えるなどしてから、またしばらく待ちました。それから中に通されて、いよいよERです。

コロナ禍中のER…どんな殺伐とした風景が待っているだろうと思ったのですが、意外と静かで落ち着いていました。Covid-19の疑いのある患者は別の場所で対応していたのかもしれません。受付で、Covid-19のスクリーニングをしました、そういえば。中はカーテンだけで仕切られたベッドが8つほどあったと思います。はい、ここに横になってね、今日はどうして来たの、ということをおばあちゃんナースに聞かれて、うまく伝えられなかったような気がします。とりあえず血圧を15分おきに(自動で)計って様子をみます。到着した時は最大が130台で、本当何で来たの?という雰囲気でしたが、1時間ほどしてからおそらくERの医師がやって来て、オンライン通訳を介して診察してもらいました。どんな話をしたか忘れちゃったのですが、しばらく観察して様子を見よう、という感じだったと思います。

15分おきに自動で血圧を計られながら、じっと横になっていました。実は横になっているだけでお腹の傷が痛いのです。トイレも男女共用で、行くだけで一苦労でした。途中、必殺仕事人のような目をした、おそらくロシア系なんじゃないかというナース(女性だけど元軍人のような雰囲気でした、多分カーキ色のつなぎを着ていたせいだと思います)にまたIV(点滴用の管)を挿れられたり(痛かったけど1回で成功していました。下手な人には2回3回と穴を開けられることもあります)、時々医師が巡回にやって来たりしながら、そこで数時間過ごしました。

 

血圧は下がるどころかじわじわ上がって、最大150台になっていました。やはり今日から入院ということになりました。後から考えたら、この産後の傷が多少癒えるまで、入院できてよかったです。日本だったら帝王切開後は6〜7日間は入院しますからね。

入院先は産後病棟でした。ナースさん達の雰囲気は、産前とは少し変わります。私は帝王切開後も、産前病棟にいたようでした。多分、まだ容態が急変する可能性があったからだと思います。産後はベテランナースが増えた印象です。それは日本でも同じことを感じました。新しい病室は、まだ受け入れ体勢が整っておらず、担当者も決まっていないような感じで、しばらく独りで横になっていました。「また戻ってきてしまった…」と思いながらも、子ども達から離れて身体を休ませられることに少し感謝しました。その時、ナースさんがやって来ました。あれ、この人見たことあるなと思った瞬間、「やっぱりあなた、覚えてるよ!まだいたの?」と大声で話しかけられました。この人は、確か前回入院してから二人目の、手術直前のナースさんだったと思います。めちゃくちゃ明るい人だ…。一度退院したけど血圧が高くて戻ってきたこと、赤ちゃんはNICUに入院していることを伝えました。そのナースさんは「名前見て、この人知ってるわ!と思ったのよ〜また会えてよかったわ!」と言って、じゃあねと別のナースさんと入れ違いで出ていってしまいました。彼女は担当じゃないけれど、知っているからあいさつだけしに来てくれたらしいです。まあ5日前に担当した人がまだいるなんてこと、アメリカではなかなか起こらないのでしょう。基本は24時間で退院なので。どうしてまだいるのか、気になったのもあるかもしれません。担当じゃないと患者の情報はわからないのでしょうね。

 

この日はとりあえず血圧を測り続けて様子を見、採血をして血液検査の結果を待つことになりました。

搾乳機(ポンプ)を借りて、家から持参した容器を出し、3時間おきの搾乳は頑張りました。時間があれば、届けに行きました。久々に見たような気がする三女の姿。ああ、小さいな…。もうこの頃には、保育器から出てコットに寝ていました。保育器に入っていた時は、扉の付いた穴から手を入れて触れることしかできなかったのですが、今度は直接抱っこもできました。基本的に静かに寝ているのですが、時々目を開けてくれると、その目がキラキラと美しくてとても神秘的でした。新生児って、本当尊い。またしばらく一緒に入院だね、と、実は独りではない嬉しさを感じました。家族がもう一人、この病院にいるんだ…!

当直医師と話をしたのは夕方も過ぎていたと思います。オンライン通訳さんを介して状況を説明すると、医師の見解としては、自宅へ帰ってからも安静にしていないといけないのに、忙しく動き回りすぎたのではないかとのことでした。血液検査の結果、肝機能が少し悪くなっているということでした。今晩からマグネシウム点滴を行うそうです。この時は、まだこの点滴がどんなものなのだか、わかっていませんでした…。

そうして長い6日目が終わりました。

 

7日目 マグネシウム点滴

後でわかったことなのですが、このマグネシウム点滴は妊娠高血圧症のための子癇発作を防ぐために行うもので、血圧を下げるものではないらしいです。でもこの点滴が効いている間は血圧も低く(110/60台くらい)保たれていました。

点滴開始は確か日付の変わった頃でした。ナースの説明では、この点滴をするととても力が弱くなったような感じがするので(力が入らないということかと思います)、お手洗いに行くのも毎回ナースコールをするように、とのことでした。これから24時間点滴を継続します。24時間…ということは、明日もまだ帰れないのか…。でも、三女と同じ建物内に入院しているから、たくさん会いに行けるだろうからがんばろう、とその時は思いました。まさか、あんなに大変な点滴だとは、この時はまだ知りませんでした。

点滴開始から2、3時間は、少し身体が火照ったように感じたものの、お手洗いへ行くのもそれほど苦にならない程度でした。しかし、朝になる頃には身体がものすごく重く感じられるようになり、視界もぼやけて細かい文字は読めず、携帯電話も重くて持てず、本も読めませんでした。部屋のお手洗いに行くだけでも足がガクガクで、ゆっくりゆっくり歩かなければなりません。当然NICUへの面会など行けませんでした。搾乳はなんとか続けていたと思います。出産後、一番辛かったのがこの1日、この点滴でした。

後で調べてみたのですが、このマグネシウム点滴、「マグセント」と言うらしく、聞いたことあるなと思ったら、切迫早産の妊婦さん達が張り止めとして点滴していたのがこの「マグセント」でした。私は一人目出産の時、やはり妊娠高血圧症候群になり日本で2週間管理入院しましたが、この時同室だった3人の妊婦さん達は皆さん切迫でした。このママさん達は皆さん二人目の出産で、上の子がいる中で何ヶ月も(!)入院しているママさんばかりでした。でも皆さん本当に明るくてタフで賢くて、出産に関する質問からどうでもいい雑談までいろいろとおしゃべりして下さって、どれだけ救われたかわかりません。今でも頻繁ではありませんが、連絡を取り続けています。そのママさん達、ずっと点滴につながれていて、シャワーも3日に一回とかで大変そうだったのですが、その点滴が、こんなに辛い点滴だったなんて!!「私だけ病院食にマヨネーズ付いてない」(減塩の食事をするため)、とか、「自分だけおやつ食べちゃダメなのに目の前で間食されるの辛い」などと密かに思っていた自分を平手打ちしたいです。

もうこれは、生きる屍…。寝るしかない…。ぐったりしてやり過ごしていたところ、突然その点滴は終わります。ちょうどお昼頃でした。「血圧も安定しているので、点滴を終了します。」え、まだ12時間くらいあるけど…。「様子を見て、明日退院できますよ。」とりあえずやったー!点滴が終了して、しばらくしてから身体を動かせるようになると、ようやくNICUへ面会に行けるようになりました。

 

8日目 退院

「入院しているうちになるべく会いにいきたい」と思い、三女のところへ行ける限り行きました。NICUも24時間態勢なので、深夜に行っても面会でき、ナースさん達は昼間のように働いています。直接授乳を何回か試してみて、何とかできるようになりました!弱々しくですが、ちゃんと吸っているようでした。昼過ぎに2回目の退院指導を聞き、最後に三女に面会してから、帰宅しました。

帰宅後、傷の痛みはだいぶ良くなっていたものの、なるべく動かないで、子どもも自分でできることはする、というふうにして過ごしました。「すごい…子どもにほとんど呼ばれない…。」入院中、こうやって3人で過ごしていたんだろうな、という様子が垣間見えた気がしました。私が何もしなくても、ことが進んでいっている…。「お母さんに無理させたら、また病院に帰っちゃうよ」という父親の厳しい指導の成果が(笑)出ていました。

 

9日目 NICU退院のための指導

帰宅してから1日明け、自宅での平穏な時間に感謝していたのも束の間、またNICUからの電話が鳴りました。実際は、Google Fi の留守番電話文字起こしサービスで内容を確認したわけですが(ものすごく便利です)、三女が退院できそうなので、退院のためのトレーニングをするので今からNICUへ来るように、ということでした。え、もう!?電話を掛け直し、詳細を確認して、またまた、また!入院の準備!!これはさすがに想定の範囲外。子ども達はもう絶句していました。でも、ようやく、三女が家に帰って来られる!微妙なテンションのまま、午後4時頃早めの夕飯をテイクアウトで済ませ、三たび産院へ向かいました。

今度は患者ではなくて、患者の保護者です。三女を乗せて帰るためのカーシートとストローラーも持参です。このカーシートは長女が生まれた時に買ったもので、次女の退院の時も使用し、その時の病院のチェックが通ったので大丈夫だろうと思っていたのが浅はかでした…。アメリカでは一般的なのかと思いますが、新生児が退院して車で帰宅する際、病院でカーシートのチェックがあります。これに通らないと、赤ちゃんは帰宅できません。けっこう厳密に検査されます。メーカーや型番や、製造年。それを、すっかり忘れていました…。カーシートには使用期限があるということを…。

 

NICU(今更ですが、「二キュー」と英語では呼んでいました)へ到着すると、身元を確認され、入ったこともない部屋に通されました。部屋の電気を点けると、なんと三女がコットの中に寝ていました。いきなりでびっくりしたのを覚えています。「ここで一晩、新生児をお世話しながら退院後の練習をします。」初めての母子同室!担当のナースさんにごあいさつ。その後何と生身の通訳さんが来て下さるということで、通訳さんが到着し次第退院指導を始めることになりました。

 

おむつ替えは変わったことはありませんが、オムツはサイズがN(new born)ではなくてP(premature)でした。そんなサイズがあることを知らず、用意してあったNでは大きすぎるので帰宅してから慌てて買いました。

さて、問題は調乳です。調乳が、思いの外面倒でした。三女はようやく1900gになった程の低体重なので、自宅では基本的に未熟児用のミルクを飲ませますが、調乳方法も書いてある通りではなくて、少し濃いめに作るのです。具体的には、1oz(1オンス=約30ml)あたり、24kcalになるように調乳します(通常22kcal)。すると、とてもキリの悪い数字で調乳することになり、なかなか面倒でした。母乳を飲ませてもいいのですが、その際は搾乳した母乳50mlあたり小さじ1杯の粉ミルクを調合します。…面倒すぎる。直接授乳がokになったのは、1ヶ月後でした。

でも、調乳の仕方を教えてもらえてよかったです。日本では母乳前提で、スパルタ母乳指導しかなかったし、前回の次女の時も母乳が出てすんなり2日目に退院したので、粉ミルク(formula)のやり方を丁寧に聞く機会がなかったのです。まず驚いたのが、粉ミルクは常温の浄水もしくは水道水でOKということです。沸騰したお湯で溶かして流水で冷まさなくていいんだ!そして、病室に備え付けてあったミルクウォーマーで温めるのですが、泣いててすぐ欲しがっていれば、少し温めるだけでOK、と言われました。すっごい適当!それでいいんだ!哺乳瓶の煮沸も24時間に1回でOK。

あと、お風呂は週に1、2回でOK。毎日入れなくて良い。むしろ入れないこと。後で小児科の医師にも確認したのですが、もっと大きくなって夏に汗をかくようになったら毎日入れてもいいと言われました。小さいうちは体力消耗しちゃうのでしょうね。

あとは1日一回 tummy timeといって、腹ばいで過ごす時間を作ることとか、ベッドには枕やクッション、ぬいぐるみやおもちゃはもちろん、ブランケットの一枚も入れてはいけないとか、服装の指導などを聞きました。

 

これから翌朝まで、赤ちゃんが泣いたら授乳、泣かなくても4時間以上は空けることのないように授乳し、飲んだ量を記録していく、ということを続けます。飲んだ後はげっぷをさせたり、吐いたら着替えなど意外と忙しかったです。折しもこの日は、デイライトセービングの切り替えの日。夏時間の終わりでした。確か深夜の2時が、2回あるんです。これから夏時間が終わるたびに、思い出すだろうな。

 

時間は前後しますが、実は夜にひと悶着ありました。カーシート(チャイルドシート)です。NICU到着時に、持参したカーシートのチェックを受け、大丈夫だろうと言われたのですが、なんと夜9時を回ってから、これではチェックは通らない、と言われてしまいました。要するに、期限切れだったのです。それと、実は、次女が3ヶ月の時に衝突事故に遭っていました。後部座席は全く損傷なく、もちろん私も怪我はなかったのですが、右直事故のようなものに遭ってしまったのです(相手が全面的に悪いはずなのに折半になってしまった)。事故にあったら、カーシートは交換しないといけないようなのです。カーシートは全くの無傷だったので、そのことを考えていませんでした。

え、このままでは退院できない!?夫は急遽、カーシートをリサーチ、購入してくれました。本当に、仕事終わって(在宅勤務)、子ども寝かしつけてから疲れているだろうに、夜中に頑張ってくれました。実際は、オンラインで注文して、翌朝店頭でピックアップし、病院内には入れないので私が玄関まで受け取りに行く、ということになりました。もちろん二人の子ども達も車に乗せて来ないといけません(アメリカでは12歳以下の子どもだけのお留守番は虐待になります)。そして、一度また家に帰って、カーシートチャレンジに合格してからまた迎えに来てもらう…という大変面倒なことになりました。

 

カーシートチャレンジ(確かそんな呼び方だったかと思います)とは、使用予定のカーシートに赤ちゃんを正しい乗せ方で乗せ、90分間耐えられるか、というテストでした。ほとんどの赤ちゃんはパスする、とのことでしたが、泣き止まなかったりすると中断し、また90分テストします。とにかく時間が必要なテストなのです。授乳時間を待ち、授乳が終わってから始めました。結果…よく寝てくれて、無事90分で合格!!これで、ようやく、退院です!

終了30分前には家族に連絡してお迎えの準備をしてもらっていました。夫と子ども達に迎えに来てもらって、自宅へようやく、家族5人で帰れました。自宅に用意してあったコットへ三女を寝かせると、子ども達は自分のおもちゃを次々と持ってきては三女に見せていて、泣けました。一番反応の気になった次女ですが、何と自分用のタブレットまで持ってきて三女に見せています。あなた、お姉ちゃんになったのね…涙。

 

こうして三女が我が家にやってきました。

 

ミルクは沸騰したお湯でなくてもOK、哺乳瓶の消毒は1日1回でOK、沐浴は1週間に1回でOK。この、産院お墨付きの新スタンダードにより、我が家の三人目育児は思いの外大丈夫でした。コロナの為に、食事の調達の選択肢が増え、楽になっていたのも、とても助かりました。コロナは憎いですが、子連れの買い物も、カーブサイドピックアップのおかげで格段に楽になりました(注文、決済した品物を車に積んでくれるのです)。思えば出産自体も、家族が誰も来られないというのが、かえって楽だったともいえます。産院も人が少なく、静かで落ち着いていました。カメラマンとかやって来ないし。これで、よかったんじゃないだろうか…。誰にとってもその答えが出るわけでは当然ないのですが、今思い返してみても、コロナ禍出産は悪いことばかりではありませんでした。とはいえ、グローバル時代のパンデミックは、第3波、第4波…と、留まる気配はありません。三女はまだ日本の家族に会う目処が立っていません。(帰ってもいいんでしょうか…帰ってる人たくさんいますけどね)早くコロナが終息…とまではいかなくても、せめてインフルエンザくらいの存在感になってくれることを祈ります。

 

全然流して書けませんでした…。長文になってしまい、申し訳ありません!

アメリカでコロナ禍出産をしました。(その2)

アメリカでのコロナ禍出産を綴っています。

 

 

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1日目 入院そして出産

2日目 入院生活その1 ←イマココ

3日目 入院生活その2

4日目 退院

5日目 久々の自宅

6日目 ER搬送→再入院

7日目 マグネシウム点滴

8日目 退院

9日目 退院指導のため病院泊

10日目 NICU退院



2日目

1日目が長すぎたので、ここからは流していきたいと思います。というより、だいぶ記憶があいまいなんです。

Dさんには産後数時間いてもらって、明け方一度帰宅してもらいました。ここから私が頑張るのは、搾乳です。前回次女の時は、出産直後から直接授乳できましたが、三女は低体重なので、しばらくNICUに入院します。同じ病棟の違う階にあるので、身体を起こせるようになれば面会にも行けるようになります。産んでもいきなり別々に入院なので、あまり出産したぞーという実感はありませんでした。産院から炊飯器みたいな搾乳機を借りることができたので、2、3時間おきに搾乳をすることにします。

麻酔が切れてくると、傷が痛いこと、子宮収縮チェックが痛いこと、痛いけれどまずはトイレに自分で行けるようにすること、傷の癒着防止のためになるべく自分で歩くこと、などはもう慣れたものでした。帝王切開は産後が痛いのです。この痛みは、陣痛に匹敵すると、経験者は思います(次女の時に陣痛も全開まで経験したので)。安産で1日以内で産んだ人よりは、帝王切開の方がよっぽど強い痛みを感じる期間が長いし、肉体を切り開かれるということへの恐怖心も大きいです。(だから帝王切開は楽とか、痛みを感じないと母親にはなれないとか、全然関係ないけど子どもが我慢強くならないとかいう話をきくと、本当に腹が立ちます。うちの長女はものすごく我慢強くてがんばり屋です!)

 

実はこの日、麻酔が切れて初めて身体を起こした時、気を失いました。ナースさんに言われて、身体を起こしてみる練習をしたのですが、今までにないめまいを感じて、「めまいがします…」と言った瞬間、記憶が途切れました。次の瞬間気がついたら、4人のナースさん達に取り囲まれて、身体を寝る体勢に移動させられていました。ベッドに横向きに座った状態から、後ろ向きに倒れたようなのです。その後しばらくしてトイレへ移動はできましたが、NICUへの面会は見送られました(起き上がれたら、赤ちゃんを見に行くことになっていたのです)。そういえば、その説明の時に、ナースさんが「Because you passed away last time...」と言ったのです。私はそれを聞いて「え!?」と思いました。「pass away」は「亡くなる」の意味と思っていたので、「私…死んだの?」と焦ったのです。おそらく「気を失った」ことを言っていたのだとすぐ気づいたのですが、そういう言い方もするのだなと勉強になりました。

流すつもりが思ったよりいろいろ書いてしまいました。この日も午後から数時間、Dさんに来てもらいました。身体が痛くて自由に動かない時に来てもらえてありがたかったです。ナースさんとコミュニケーション取ってもらえるのもありがたいです。本当にお世話になりました。Dさんがいなかったら私の出産どうなっていたかわかりません。

 

この日のちょうど深夜0時1分に、三女の写真が撮ってあるので、夜には面会へ行けたようです。(色々書きたい思いはありますが、割愛!)

 

3日目

通常はこの日に退院なのですが、私は高血圧もあり、腎機能肝機能の状態も観察が必要なので、もう1日入院することになりました。痛いことは痛いのですが、だいぶ自由に身体を動かせるようになってきたので、楽勝です。入院生活は、搾乳、バイタルチェック、食事、たまに血液検査、の繰り返しで過ぎていきます。合間に家に電話をしたり、メッセージや写真のやり取りをしました。

搾乳した後は母乳をNICUに届け(階が違うだけ)、できれば三女を抱っこしてみます。直接授乳も試してみましたが、この日は結局うまくいかなかったです。入院生活はナースさんとのやり取りも気が抜けません。普通のやり取りくらいなら、いちいちオンラインの通訳をお願いすることはないので、もう英語合宿みたいなものでした。

ナースさんは12時間交代です。最後に挨拶をしてくれる人、いつの間にか交代している人、大丈夫かなっていうくらい明るい人、物静かだけど仕事きっちりの人、個性は様々でしたが、基本的に全く嫌な思いをすることはありませんでした。アメリカは、出産の主役は母親なのです。当たり前のようなのですが、日本の病院は全然違って、(というか、日◯がおかしいのかな?)赤ちゃんが主役なのです。だから母親に厳しいんだそうです。でもそんなの間違ってる、とアメリカで出産して思いました。◯赤での入院の経験は、Dさんに話すと驚かれるくらいアメリカとは違っていました。日◯が標準的なのか、スパルタすぎるのかわからないんですが。母親には厳しかったです。

 

4日目

三女は2000g超えるくらいまでは入院が必要とのことで、私だけ退院することになりました。これも、やっぱりな、という感じです。退院前に、州に出す出生届を書き上げるのが一苦労でした。夫に電話して書類の写真を送って確認しながらなんとか仕上げました。

私の血圧は少し高めですが、服薬して安定していました。産後ハイなのか、恐ろしくテンションは高かったです。まだ傷は痛むけれど、気分は良かったです。今思えば、あれはオキシコドン、いわゆるオピオイド系の鎮痛剤のせいだったのかもしれません。アメリカを荒廃させているというオピオイド系鎮痛剤…日本では手に入れることのできない劇薬です。でも、あれがないと帝王切開後48時間で退院とかは絶対無理でした。中毒になってしまう人が多いのもうなずけます。だからこそ怖いので、なるべく飲まないようにして、どうしてもという時だけ飲んでいましたが。余った分は捨てました。中毒になったら人生破滅です。でもそれくらい本当に、痛みがスッと消えて、気持ちが前向きになれました。(だから怖いんですよ、興味本位で飲まないでくださいね、そもそも処方箋が無いと手に入らないけれど…)

話がそれましたが、いよいよ退院、子ども達と夫が車で迎えに来てくれました。産院の中には入れないので、玄関でピックアップです。子ども達は落ち着いていて、ほっとしました。

 

5日目

家には帰れたものの、当然傷が痛くて思うようには動けず、自分一人のことをするので精一杯。子どもの世話はまず無理なので、私が入院中の間のように、夫がいろいろこなしてくれました。とはいえ、子ども達を目の前にすると、久しぶりにあれこれしてあげたい、という気持ちがどうしても沸き起こり、何かと動き回ってしまったようです。

夜、薬を飲む前に血圧を測ると177/98。「え、ちょっと待って、何かの間違いでは(再び)?」二度目を計ってもあまり変わらず。「とりあえず薬飲んで落ち着こう。一晩寝ればよくなるかもしれないし。」この自己判断はあまり褒められたものではありません。すぐに医師へ電話するべきでした。(でもこの時間に今すぐ来いと言われてもとても行けなかった…)

 

次回、まさかの再入院です。一応最終回になると思います。

ユーディ・メニューイン国際コンクール

ユーディ・メニューイン国際コンクール

昨年、開催直前にパンデミックになり一年延期になっていたメニューイン国際コンクール(Menuhin Competition Richmond 2021)が、ついにオンラインで開幕しました!

2021.menuhincompetition.org

 

バイオリンの名手、ユーディ・メニューインの名を冠した、バイオリンのためだけの国際音楽コンクール。コロナで昨年から延期になるまでは、2年に一度開催されていました。出場資格が22歳までとなっている若手の登竜門ですが、その中でもさらにジュニアとシニアに分かれています。

 

私自身、この手のコンクールは別世界すぎて全く無知だったのですが、昨年、TwoSetにハマり、二人がこのコンクールに招待されていたというのを知り、遅ればせながら興味を持ちました(汗)。しかし、コンクール自体が延期になってしまったので、結局この話は流れちゃったのかな…今年のオンライン開催にはもう関与しないのかな‥という記事を書いていたところ!何と!開幕当日になって最新動画にコンクールとのコラボ来たー!!

 


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2016年のシニア部門覇者にしてTwoSetファミリーともいえるZiyu Heさん(この人シニアの最年少16歳で優勝したんですね)も久々にゲストで出演!!シャコンヌ弾いてくれてます。そしてメニューイン審査員のお二人まで動員した、何とも豪華なコント動画(笑)でしたー!まだ続く…?のかな?

 

日本からは村田夏帆さんと金子芽以さんがジュニアの部に出場ということで、注目しています!村田さんは過去にTwoSetのprodigyリアクション動画で取り上げられたことがあるので、TwoSetもファンも注目しているはずです!応援しましょうー!(日系でいえば、他にもたくさんの方々が出場されてます。というかアジア系勢多いですね〜)

前回のジュニア部門の優勝者が、Chloe Chuaさん(シンガポール)、Christian Liさん(オーストラリア)のお二人でした。5月18日の現地時間7:30-9:30に、二人のコンサート(無料)がオンラインでありますよ〜!

 

Chloe Chuaさんは、(昨年からTwoSetの二人がどうやらシンガポールに移住?したからか?)動画への出演が確か2回ありました。優勝時よりも当たり前ですが大きくなっていて、当然めっちゃ上手で美少女なんだけれどすごく気さくで、TwoSetとの絡みがとってもとってもかわいらしかったです。もう見ていてニコニコしちゃうおばさんがここにいます。TwoSetへの「Paganiniana」特別レッスンは長女と一緒に観ました。長女「え、同じ曲弾いてるのに、なんでこんなに違うの!?」と驚くほどの違いでした(笑)。2巻で弾いた「精霊の踊り(Theme of Which’s Dance)」のバリエーションも出てくるので、長女は喜んでいました。(本当はこんなに難しい曲なんだよ…)

最近ではリンリンワークアウト(ハンデをつけて曲を演奏するゲーム)もやってくれましたね。もうこれやったらTwoSetファミリーの仲間入りです。

Christian Liさんは当時10歳の最年少優勝だったのですが、男子で同じオーストラリア出身だし、アジア系だし、TwoSetと絡んでほしいな〜と思っているのですが、多分事務所が断ってるのかもしれません(笑)。今回の最新動画で名前出されてるけど(笑)。

 

で、このコンクール、実は我が家のある街の近郊から、優勝者が出ていました。そんなレベルの高い人物を輩出している土地だなんて、全く知りませんでした(汗)。そしてそんな立派なお教室があることも全く知りませんでした。調べてみたら、長女の通っていたところからすごく近くて、同じ地域にありました。まあ場所は近くても異次元の世界だな〜と思いつつ、少し身近に感じたのでした。

 

メニューインは今日ジュニアの部の第一ラウンドが始まったばかりです。明日が2日目。セミファイナル、ファイナルは5月です。コンクール以外にもコンサートがあったりマスタークラスがあったり、お祭りです。楽しそう。オリンピックみたいなものですね。一部有料ですが、YouTubeで見られるようになってます!そういえば、イギリスのコンクールだと思ってたのですが、今回はアメリカでやっているようです。(America's God Talentに直に喧嘩売ってますね!もっとやって!)たまにアメリカに来るのかな?これからしばらく楽しみです。

 

追記

日本からの2名は残念ながらセミファイナル進出ならず…の結果で、厳しい世界を垣間見た気がします。もうちょっと演奏見たかったですよね〜。もうハイレベルの戦いすぎて、何が決めてなのか全くわかりませんが、一体誰が優勝するのか!?残りのコンクールも楽しみたいと思います!

 

Program & Tickets - Menuhin

 

神童とマスタークラス


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Chloe Chua とリンリンワークアウト


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アメリカでコロナ禍出産をしました。

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おかげさまで、三女が生後半年を迎えました。思ったより早く出産体験記が書けそうなので(といっても遅すぎですが)、ハーフバースデイ記念に書き記しておこうと思います。

2020年秋、アメリカでコロナ禍出産をしました。

妊娠高血圧症候群(旧妊娠中毒症、preeclampsia)で早産、帝王切開、赤ちゃん低体重、母体再入院、マグネシウム点滴、赤ちゃんの退院指導、という怒涛の10日間を記録します。

 

1日目 入院そして出産

2日目 入院生活その1

3日目 入院生活その2

4日目 退院

5日目 久々の自宅

6日目 ER搬送→再入院

7日目 マグネシウム点滴

8日目 退院

9日目 退院指導のため病院泊

10日目 NICU退院

 

怒涛の1日目 入院そして出産

正規の予定日までにはまだ4週間以上余裕があり、予定帝王切開の日取りも決まった頃、いつものように健診を受けに出かけました。

妊娠高血圧症候群の既往歴があり、血圧の上昇傾向があって服薬していたので、赤ちゃんの成長を見るためにまず超音波健診を受け、その1時間後のアポで医師の健診を受けることになっていました。3週間前の超音波は異常なし。今回も大丈夫なんじゃないかと、軽く考えていました。

超音波は1時間近くかかりました。なごやかに始まったものの、だんだんナースさんの口数が減っていきます。この時もう暗雲が立ち込めていたのです。医師に確認してくると言われ、少し待ち時間がありましたが、終了と言ってもらえて、お昼ごはんの調達へ向かいました。超音波の後、2時間ほど空けてから医師の診察があるので、お昼をテイクアウトしてから診察の予定でした。

お昼ごはんは、一人でゆっくりテイクアウト…なんて贅沢な時間…(こんな時くらいしか一人になれないので)。お気に入りのラーメン屋さんで日本食を買おう…と思っていた矢先、駐車場で電話が鳴りました。お世話になっている日本人医師からでした。超音波の結果からみて、今すぐ産科のトリアージへ行ってほしいというのです。嫌な予感。これは1人目と同じということ?クリニックでの超音波の結果、赤ちゃんが大きくなっていなかったので、再度精密に検査するとのことです。即入院の可能性大。

実は、こんな事もあろうかと、前日に入院準備を終えたばかりでした。車のトランクには入院用の着替えなどが入った荷物も、ベビーカーも、赤ちゃん用カーシートも積んで準備は万端でした。何か虫の知らせがあったのかもしれません。

このままこの車で入院しに行くことはできる。しかしこのままでは、一人で行っても帰りに運転して帰ってくることができないし(帝王切開後は痛くて運転できないのです)、何よりすでに二人の子どもがいるので、一度帰宅して家族と一緒に心の準備を整えてから、産院へ向かおう、と決めました。まだ昼間でよかったです。そうと決まればすぐ夫に連絡。「もしもし、今日入院することになった。」

 

帰宅すると、子ども達は「ついにこの時がきたか」という感じで、思ったよりも落ち着いていました。というより、事態が飲み込めていなかったのかもしれません。ただ、「お母さん行かないで〜!」のようなパニックにはならず、「赤ちゃんと一緒に早く帰ってきてね!」という感じでした。夫も腹をくくっていました。一人目の時の経験があるから、出産するまで病院から出られない、という状況なんだとわかっているのです。コロナのために、出産立ち会いは大人一人に制限されています。我が家は他に家族もいないので、私が出産して退院するまでは夫が家で子ども達と留守番をする、と決めていました。

ちなみに、出産時と産後の一日だけ、プロの出産介助をする日本人ドゥーラ(Dさん)に立ち会いをお願いしていました。さすがに外国で一人で帝王切開は不安すぎるので。コロナ以前に直接お会いしてお話したこともあり、オンラインでも何度か打ち合わせして安心してお任せできる感触を得ていました。のちのち、お願いしておいて本当〜によかったなと思うことになります。

 

産院に着いたのは午後3時頃。家族全員で産院車寄せまで行き、「元気な赤ちゃんを連れて帰るからね」と子どもと夫とさよならをしました。この時、実はまだ、結果次第では一度家に帰れるかもしれない、という淡い期待を少し胸に抱いていました。出産予定日まではまだ3週間あるのです。このコロナの中、お見舞いもできない中で、3週間入院になったら辛いです。アメリカはなるべく入院させないで自宅療養させる方針な気もしました。

さて、産科トリアージ (OB Triage) でノンストレステスト (NST) と超音波 (ultra sound) を受け、結果を待ちます。やはり即入院。点滴(IV)の管を通されました。数時間ほどで病室へ移されました。午後6時過ぎだったと思います。当直医師の説明では、血圧は安定しているものの、赤ちゃんの発育状況からみて近日中に取り出した方が良いとのこと。この時点ではまだ入院して数日様子を見るという感じでした。まだ予定日3週間前なので、赤ちゃんは少しでもお腹の中にいた方が良いのです。

 

午後8時過ぎ。忘れもしない、あれは2回目の大統領候補討論の日でした。ようやく夕食を注文して、部屋に届いたばかりの時です。トランプ思ったよりおとなしいじゃないか…CNNを観ながらハンバーガーにかぶりついた時、ナースさんがやって来ました。彼女の言うことには、近日中に帝王切開になるから、早産でも赤ちゃんが肺でうまく息ができるようにするために、臀部(おしり)に注射をすると。一日一本、片方ずつの臀部に注射するらしいのです。そんな注射は日本でしたことがなく、最新の治療?なのかもしれません。この注射、針がめちゃくちゃ長くて、すっごく痛かったのです。この時はまだ、今日1本打って、明日2本目を打って、帝王切開の日程を決める、という感じでした。

注射の瞬間、「え、めっちゃ痛い!」息が止まるかと思った!と動揺している中、バイタルも測るよと言われて、いつもの血圧、脈拍、体温、と続くはずだったのですが…。血圧が180を超えていると言われました。ナースさんも明らかに動揺していました。何かの間違いかと測り直しますが、あまり変わらず…。5分後にもう一度測るからねと一人にされると、この後の展開がぐるぐる頭を回りました。180?そんなバカな?血圧の薬そろそろ飲む時間だけど、まだ飲んでないからでは?ていうかさっきの注射打った所めっちゃくちゃ痛いからそのせい…?

もう一度ナースさんが来て計ってくれましたが、あまり変わらなかったようです。一応、薬を飲む時間だけれど今日はまだ飲んでいないこと、注射が痛かったことは伝えました。それにしても上がりすぎていたようです。しばらくして医師がやって来て、こう告げました。

「今夜帝王切開します。」

「え、い、今からですか?」

「午後11時オペ開始を目標にしています。」

こ…今夜生まれる!!2、3口かじっただけのハンバーガーが、悲しそうにこちらを見ていました。帝王切開が決まったら、もう食事はできないのです。

 

何はなくとも、出産介助ドゥーラのDさんに即電話。一応、入院することになったことを、昼頃伝えてありました。Dさんは、2時間ほどで到着するとのこと。電話したのが8時半過ぎだったので、ギリギリ間に合いそうでした。

手術の準備で、書類にサインしたり、リスクの話を聞いたり(もう3回目なのでいちいちビビりません)、そうこうしているうちにDさんが到着。Dさんは通訳もほとんど兼ねてくれて、朗らかな雰囲気の方なので、ものすごく安心しました。そこへ更に、担当してもらっている日本人の婦人科医さん(もちろん女性)も駆けつけてくれました。急遽、今日のオペの補助に入ってくださるとのことです。ありがたい!Dさんと先生も顔なじみで、チームワークはばっちりです。手術室に日本人女性が自分含めて3人。うち二人は出産のプロ。ものすごい安心感です。ていうかここは日本?な環境で、一気にリラックスできました。(日本で帝王切開した時は初めてだったのでここまでリラックスはできなかったですけれど…)

 

手術室へ移動し、いざ手術開始となる直前、寒さのせいか、緊張のせいか、急に震えてきました。全身がガクガク震えて、止まりません。確か次女の時も、そうなりました。Dさんが手を握ってくれます。「頑張って元気な赤ちゃん産みましょうね!」ああ、本当にいてもらってよかった!

背中から麻酔を打ちましたが(これも毎回痛いし怖い)、なかなか思うように効いていないようでした。「これ痛い?」といってチクチク何かをされているのが、痛いのです。「…痛いです。」

「おかしいなあ〜」みたいな感じで若いインド系の麻酔科医はチクチクしてきます(痛いものは痛いんだからしょうがない)。不安感が高まります。麻酔が行き渡るように?手術台を傾けてしばらく待ちます。ようやく、効いてきたみたいです。日本人医師に「もう一度テストしますよ〜これ何かつままれてる感じする?」と言われ、「何か、つままれて引っ張られてるような感じがします」と言うと、「麻酔きいてなかったらね、ギャ〜って感じと思うよ〜アハハハ!オッケーじゃ始めますね〜!」といってついに出産が始まりました。この時、一体何をされていたのだろう、と今でも気になります。。。

 

帝王切開って、本当にまな板の上の鯉状態での出産なのですが、じゃあ何も感じず、気づけば出産なのかというと全然違います。思った以上に苦しいです。麻酔が効いていても、押されたり引っ張られる感覚は感じます。ただ、「痛くない」だけなんです。陣痛を繰り返す苦しさとはまた違うのですが、オペの間、胸から下全体を絶え間なく引っ張られ、押され、でも何が起きているのかは自分では見えなくて、その恐怖心とも戦わなければならないし、物理的に本当に息をするのが苦しいのです。例えていうなら、下半身に重い荷物を置かれて、かなり激しくぐりぐり動かされている感じ。満杯のスーツケース一個分くらいの重さを感じます。今回の出産では、意識がはっきりしていた分、前回よりも更に苦しさを感じました。(前回は二日間の陣痛との戦いの後、意識が朦朧としていました)

オペ開始から10分か15分ほどだったかと思います。赤ちゃんが、取り出されました。

「オギャー!!オギャー!!」

すぐに元気な産声が、耳に飛び込んできました。

あ、よかった!泣いてる!よかった!!次女の時は仮死状態で出てきたので産声を聞けなかったのです。そういえば長女も泣いてなかった気がします。人生初の産声を聞きました。三女は元気に泣いていました。身体は一番小さいけれど、一番元気に生まれてきたのです。

Dさんと顔を見合わせて笑いました。自分の出産は、意外と泣く気になりません。ひとの出産の方が泣けます。Dさんは、早速写真を撮りに行ってくれました。もう慣れてるし、ツボを心得てらっしゃって、本当に助かりました。

出産から10分後には、きれいになっておくるみに包まれた三女を抱っこすることができました(寝ながらですが)。ちょうど日付が変わる頃です。

 

ここで、怒涛の1日目が終了します。長い長い1日でした。次回からはもう少しコンパクトに書いていこうと反省しています。

 

アメリカの小学校と「アクティブ・ラーニング」

学校再開へ

ずっとお預け状態だった、我が学区ですが、ついに順次対面授業を開始するようです。本当に、今までずっとリモートのみでした。

対面も最初は半日だけで、残り半日はリモートとなるようです。しかし、我が家は諸事情により9月までフルリモートを選択しました。とりあえず今年度中は、フルリモートのオプションが選択できます。

今日は、長女が昨年の9月に一年生になってから、半年以上、オンライン授業の様子を見てきた中で考えたことを書きたいと思います(キンダーは週一回しかオンラインがなかったし、ほとんど顔を見せるだけでした)。コロナのおかげで、初めてアメリカの小学校の授業というものをまじまじと見ることができたのです。私にとっては不幸中の幸いでした。なかなか長期間観察するということはできないですから。

 

アメリカ小1の授業の正直な感想

大丈夫なのこれで?というのが正直な感想でした。何というか…思っていたのとだいぶ違ったのです。最初のうちは、「リモートに慣れるまでこんな感じなのかな」と思っていたのですが、そのまま軌道に乗ってしまいました。何だか、どうも授業っぽくないんです。悪くいうとグダグダな時間が多い。これ授業やってるの?という感じなのです。でも、こう思うこと自体が、自分が知らず知らずのうちに日本の型にはまってしまっていたのだということを、後に思い知らされました。

 

ジュンさんの動画

Hapa英会話のジュンさんの最近のYoutube動画で、日本の学校アメリカの学校の違いを説明していました↓。これを見たときに、「そうか!」と。話には聞いていても、実際に目の当たりにするとそのカルチャーショックは想像以上でした。特に、私自身が教員だったことも大きいと思います。

 

日本語学校アメリカンスクールの違い

 

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私の感じていた違和感

娘の授業を見て私が感じていた違和感は、「授業なのに説明が少ない(無い)」ということでした。先生が説明しているような時間がほとんど無いのです。考えてみれば、その代わりに、生徒が書く、発表する、説明する時間が多かったのです。もちろん生徒はそもそも一年生ですし、みんな素晴らしくできるわけではありません。だから、何か「グダグダ」な感じが出てしまったのではないかと思います。私が「授業」として考えていたものとは全く違った「授業」があったのです。そもそも、「授業」という言葉自体が、教えを「授ける」「授かる」という一方通行の受け身の考え方を表しています。思えばアメリカの小学校では、娘も先生も「授業」らしき言葉は全く使っていないのです。「meeting」もしくは「group」でした。音楽や芸術、体育などのスペシャリストの授業は「class」と呼んでいましたが。

 

例えば算数の時間。1年生だと、20くらいまでの数字の繰り上がりの足し算も出てきます。でも、先生は、計算の仕方を教えることはほぼなかったです。代わりに、毎週月曜日に、「計算して○になる数の組み合わせは何?」と生徒達に考えさせて、時間内に5つの式をノートに書かせて、一人一つずつ発表させていました。その際、なぜそう考えるのか、どうしたら正しいことが確認できるかの説明もさせていました。それで一日の算数の時間が終わりです。

はじめの頃は「5」とか簡単な数から始まって、毎週少しずつ数が増えていって、気付いたらこの間「28」まで増えていました。

このやり方は、(30年も前の)私なんかが受けてきたような日本的な算数教育の「早く正確に計算して答えを出す」という目的を達成するには相当非効率的なやり方だと思います。だから私は「これで大丈夫なの?」と思ってしまったのです。でも、アメリカの算数の目的が「早く正確に計算して答えを出す」ではなかったとしたら。計算して正しい答えを出すことを目指しているわけではないとしたら。そう考えた時に、自分の視野の狭さを痛感しました。そして、自分が人としても、教員としても、いかに型にはまった人間だったのかを思い知らされました。

一つではない答えを、それぞれが自分の頭を使って考えて、人に発表する。自分はどう考えてその答えを出したのか、どうしてそれが正しいと考えるのかを説明する。そういうことを、トレーニングしているのが娘の先生のやり方であり、これから日本でも当たり前になる「アクティブラーニング」なのだと思いました。効率は悪いんですよ。学力も一時的にはがくっと落ちるかもしれません。それでもこっちに舵を切らないといけない理由があるんですよね。日本も明治以来の「授業」スタイルがようやく変わりつつあるのだと思います。

私が感銘を受けたのは、ちょうど19の数の時でした。うちの娘が意気揚々と「2×9+1」と答えたのです。娘は家庭学習で掛け算も学習していました。でも、学校ではまだ習っていないし、わからない子もいるでしょう。私はキッチンの端で聞きながらとっさに「あ、そんなこと発表して、先生に注意される!」と思いました。ところが、先生は注意するわけでもなく、かといって褒めるわけでもなく、「それをどうやって説明する?」と質問しました。うちの娘は「2×9は18だから、それに1を足したら19になる」というようなことを答えていました。先生は 「2×9が18になるのをどうやって説明する?」と更に質問しました。娘はその時「そう覚えたから」と答えていました(笑)。そこで先生がして下さった説明は、「2×9は nine groups of two と考えるんだよ」と、2つずつ囲まれたマルを9つ描いてくれて、その丸の数を数えてくれました。「確かに、18になるね、それに1を足したら19になるね」。それからは、数が増えていくにしたがって、掛け算の入った式を他の子たちも発表するようになったのです。

どうして私は「先生に注意される」と思ったのでしょう。子ども達のことを本当に考えて教育していたら、注意する意味は無いはずです。書くまでもないことですが、これには自分自身が幼少期に受けてきた教育が影響していることは想像に難くありません。学校で習っていないことを言ったり、できたりすると、先生は嫌な顔するんですよね。今はどうなんでしょうか。アメリカの教育、この時ちょっと感銘を受けました。 

忘れられないエピソード

アメリカに来たばかりの頃です。当時は長女がまだ1歳で、義務教育なんてまだまだ、という時期でした。私は教員を退職したばかりで、初めての子どもを抱えて得意でもない英語での生活。かなり焦っていました。アメリカの学校のことを調べれば調べるほど、不安になっていました。アメリカでは日本のように静かに生徒が座っていないとか、授業中も物を食べているとか、教員は板書をしないし、生徒もノートをとらないとか、とにかく私が教員として本能的に恐れてしまう事態が普通なようなのです。ある種の職業病だったんだろうなと思うのですが、自分の子がそういうふうになってしまうかもしれないと考えただけで怖くなってしまったのです。

そこで、夫に相談しました。「うちの子が、授業も静かに座って聞けないような子になったらどうしよう…。」すると、夫は当然のようにこう言ったのです。

「大事な時に何も言えないような子になるよりはいいんじゃないか。」

 

……!

 

夫はアメリカで仕事をしているから、ひしひしと感じていたのでしょう。自分の意見や考えを求められた時に何も言わないのは、その人が存在していないのと同じだとされる文化を。

アメリカでは会議の時に後ろにドーナツとか置いてあって、皆立ち歩き、食べたり飲んだりしながら会議をするのだというのをどこかで読んだことがあります。その代わり、ちゃんと話を聞いているし、意見をしっかりと言う必要があるんです。黙って座っているだけでは意味がないし、やる気が無いと思われてしまうのです。

学校の授業も同じで、参加しないと意味が無いのです。もちろん先生や誰かが話している時は話している人の方を向いて私語はしない、ということはプリスクールから習ってくるので日米同じだと思うのですが。それと同じくらいに、先生の質問には自分の頭で考えて答える必要があって、その答えも一つに決まっているようなものじゃないのです。

 

型にはめる教育

授業中は静かに座って、先生の話を聞き、板書をノートに写す。当たり前だと思っていたことが、全く当たり前ではなかったということが予想以上にショックでした。そして、自分は、日本で、いかに生徒達を「型にはめる」教育をしてきたんだろうとまたショックを受けました。でも、日本で生きていく以上は、この「型」は必要なものです。日本社会では、会議中に黙って座っていられないなんて、ありえません。でもその「型」を身につけているかどうかだけにとらわれ過ぎていたような気がします。表面的なことの指導に情熱を持っていかれてた気がします。

静かに授業をきいて、しっかりきれいにノートもとっていて、定期テストは答え丸暗記で乗り切りほぼ満点、定期テストはよくできるけれど、範囲の無い実力テストや模試などではあまり点数が取れない、そんな悩みを抱えている生徒が勤務校ではたくさんいました。多分、教員も保護者も、そして本人さえも気づいていないのですが、そんな「勉強するフリ」をする「型」を日本で身につけてしまったのです。頭でほとんど何も考えていなくても、「勉強するフリ」だけはできてしまうんです。そして、それだけでもなんとなく評価されてしまうんです。日本社会では「型」が必要なこともあるのですが、それとは別に、自分の頭を使って考えて、それが正当に評価される場面ももっとあるといいですね(評価する側からするととても煩雑で時間がかかるのですが)。

少し話はずれますが、国語の観点からいうと、日本も大学入試では必ず「小論文」を課せばいいと思います(記述であれだけ大反対されたから、実現は難しいとは思うのですが)。

 

「国語の一つの正しい答え」

余談ですが、ジュンさんの動画にあったような、日本の学校の「先生が欲している答え」を答えさせようとする状態は、どうして生じてしまうのでしょうか。国語に関していうと、それはおそらく、教員が指導書ありきで授業を組み立ててしまうからです。国語の教科書の指導書は、私の個人的な意見では、はっきりいってあまり役に立たないというか、書いてあることをそのままやって授業として成立させるのは、教員と生徒両方よほどの力量がないとできません。少なくとも自分の愛する勤務校では絶対に無理でした。(クラス全員寝るのが必至)

教員の欲している答えがなかなか出てこないというときは、だいたい教員の「発問」が悪いのです。なぜそうなってしまうかというと、指導書ありきで授業をやっているからです。指導書には、「いやその発問でここまで答え出てこないでしょ」という発問例と答えがわんさか書いてあります。ではなぜそのような指導書ありきになってしまうかというと、国語の教科書を使って何を教えたらいいのか、教員自身もよく分かっていないからなのです。特に小学校の先生は、オールラウンドに何でも教えるので、他教科に比べて国語にかける情熱って、、、少ないと思いませんか。そう感じるのは私だけでしょうか。国語の存在感って、希薄ですよね。日本国外だとまた違うのかもしれませんけれど。読解の授業って「何答えたらいいのかわからない」と感じることが多かったです、自分の小中高の経験からいっても。そういう時は、おそらく先生も「何教えたらいいのかよくわかっていない」可能性があります。

でも、国語という教科は、授業中に生徒との対話が楽しめるというところが教員として何よりの魅力なんです。客観的な問題はもちろん答えの方向性が一つに決まっていきますが、それとは別に「あなたならどう考えますか」という質問ができる楽しい教科なのです。指導書に書いてあるような答えを求めるのではなくて、子ども達が自分の頭を使って「考えるのが楽しい」と思うような授業を、教員は創意工夫する必要があるし、そうあってほしいです。

6歳長女の日本語状況など(6歳6ヶ月 在米4年9ヶ月)

アメリカでアジア人ヘイトクライムが大きな問題になってきています。ダウンタウンでは地元では大きなニュースになるような事件も起きています。直接の知人ではないものの、かなり近いコミュニティの日本人の方が、ひどい暴力被害に遭われました。実は大きなニュースにもならないけれど、我が家の近所でも起きています。

実はこういう事態は、昨年の時点で予想できたことで、悲しいけれど驚かないよ…というのが正直な気持ちです…。決して許せないですが、そういうことする人はいてもおかしくない、というのがアメリカです。アジア人が狙われているけれど、ヘイトクライム起こすような人は多分みんな中国人だと思っていて、韓国人も日本人も区別つかないしそんな違いがあることすら知らないかもしれないですね…。まあわかってるような人はやらないでしょう…。長女の学校でもいろいろと動く準備をしているようです。我が家でも今回は声を上げていかないとな、と考えています。


さて、長女6歳半になります。半年ごとの成長記録です。


Z会小学生コース2年生での取り組み


日本語 読み・書き

漢字はドリルで一通り練習するだけはしていますが、2年生から急激に画数が増えるので、まだまだ自在に書けるところまではいきません。手の器用さが追いつかない感じです。今は、2年生の漢字は読めればいいかなと思っています。1年生の漢字は、日本語教室で市販のドリルを進めてもらっているので、徐々に書けるようになってきています。

読解は、月末の添削問題しかやっていませんが、それで今のところ十分です。意外に記述をめんどくさがったり嫌がったりしないです。PreKの頃から当たり前のようにやっていたのがよかったのかもしれません。


算数

日本の2年生の内容は、だいたい頭に入っているようです。懸念していた掛け算の九九ですが、単元が始まった頃にいくつか九九の歌をYouTube で検索して聴かせたところ、「歌はいらない」と言って普通に覚えていました。考えてみれば、昔の日本人が覚えやすいように作ったのが九九なので、それだけですでに語呂が良くて覚えやすいはずなんですよね。(自分はなかなか覚えられなかったのですが…)

まだ暗唱してパッと答えられるというわけではないものの、掛け算というものが理解できています。どういうことかというと、わからなかったら×1から順番に唱えて、かけられる数を一つずつ足していって確かめています。3×7がわからなかったら、さんいちがさん、さにがろく…と唱えながら3を一つずつ足して考えるのです。Z会のテキストで少しずつ学びながら理解していきました。今は完璧に暗唱できなくても、これで良いと私は思います。2年後くらいには言えるようになっているでしょう。長女の学校では、掛け算は3年生で覚えるようです。


日本語教室での取り組み

日本の一年生の教科書の音読と、一年生の漢字をメインに指導してもらっているようです。ここで一年生の内容は完璧にするつもりで取り組んでいます。季節の工作や歌や読み聞かせも少人数でやってもらっていて、娘も良い気分転換になるようで、私は親としてものすごく助かっています。いくら家で親が勉強みていても、そればかりでは単調になってしまいます。他人に認められたり褒められたりする経験があると、子どものやる気はぐっと出ると思います。


日本語 話す・聞く

学年相当で、発音も日本で育ったようにできていると思います。「らりるれろ」のRを巻きすぎたりとか、単語に英語が混じることもほぼありません。ただ、英語でしか知らない単語は、英語発音になります。特に英語で観ているアニメのキャラクター名とか、地名とかです。日本だといちいちからかわれそう…。そんなの考えるのも嫌なのですが。


英語

長女はまだ、英語を第二言語とする生徒向けプログラムのELLを受けています。長女の通う学校は、その特性上、ELLを受ける生徒が多いです。1クラスに5人くらいいます。とはいえ、オンライン授業を見ている限り、長女以外の他の生徒さんはほぼ英語を話すのに不自由していないような様子です。みんな現地の子のようにしゃべっているように聞こえます。そんな子達と一緒に、じっくりみっちりやってもらっているので、結果的によかったです。一年生になった昨年の9月から、本格的にフォニックスや、スペルテスト、小冊子の音読を続けてもらっています。担任とELLの先生は別の人なのですが、担任の授業よりこのELLの方が娘にとっては意味があるように思います。

 

スズキバイオリン

4年目は3巻から

ちょうど去年のパンデミック開始頃に2巻に入り、先生とのビデオ通話だけで一年かけて一冊を終えました。バイオリンを始めて丸3年経ちました。2巻は本当に濃い内容で、書きたいことがいろいろあるので、また別記事にしようかと思います。この春から3巻です。内容的に、4巻への準備期間という感じです。サードポジションへの移動(shift)に加えて、最近長女はビブラートの初歩的な練習もさせてもらっているのが、羨ましいです。(私は音程悪いからビブラートはまだダメと先生に言われ続けて小3でやめてしまい、結局学生オケ入るまでビブラートかけたことなかったんです…今思えば、ビブラートできるようになってたら楽しくてやめてなかったかもしれないですね…)

読譜の練習も始めています。最近先生に言われて買ったテキストがとても面白かったので、今度紹介しますね。

長女にとってバイオリンは、まあまあ楽しいけれど、どうも夢中になって弾くようなものではないようで…4巻終了までいったらまた続けるかどうするか考えようかなと思っています。新しい曲が弾けるようになるのは楽しいようなんですけれど。娘曰く、バイオリンの嫌なところは…「ずっと立って弾かなきゃいけないところ」だそうです…。子どもも座って練習してもいいものなんでしょうか?オケに入れば座って弾けるよ〜!

 

絵と工作大好き

放っておいても気づいたらやっていることが、その子の才能があることなのだというのを、どこかで聞いたことがあります。(出典がわからず、すみません)

長女の場合は、完全に絵と工作だということが、だんだんわかってきました。他の子と比べて上手いのかと言われるとわからないのですが(むしろ雑だなと思うことが多い)、とにかく本人が夢中になって、気付くと何か作っているんです。上手く描いてやろうとか、大人から褒められるのを期待してやっているのではなく、純粋に自分が楽しくてやっているんだなというのがすごくわかるんです。だから、雑に感じることもあるのですが、関係無しにどんどん描いていくんです。朝起きたらごはん食べる前に何か描いたり作ったりしているんです。私も素直にとても良い作品だと思うので、どこが良いのか具体的に褒めています。最近、三角定規や分度器とコンパスをそろえました。多分そろそろ算数で出てくると思うので、その前に使って遊んでみようと思います。

今後、本人が望むなら、Artの方向にもう少し時間をとってあげたいなと思っています。


読書

エルマーのシリーズ(日本語)を独りで読み進めています。朝、食事の前など暇な時に読んでいます。シリーズ1巻目である「エルマーのぼうけん」は、昨年度日本語教室で先生が読み聞かせしてくれたので、「あ、知ってる!」とすっと入っていけました。

あと、そろそろ漫画の読み方を身に付けさせるべきか?と悩んでいます。長女はまだちゃんとストーリー漫画を読んだことがありません。自分から読みたがるまで、まだ待っててもいいのかな…。

 

 

エルマーのぼうけん (世界傑作童話シリーズ)
 

 

 

エルマーとりゅう (世界傑作童話シリーズ)
 

 

 

 

今更すぎる、長女(6)と次女(3)の新年度

f:id:nicota:20210306161403p:plain もう3月になってしまいましたが…三女出産直前まで書いていた記事を投稿しておきます。「新年度」って…「9月」のことです…。三女出産の頃は、本格的なリモート学習が始まってから少し経って、様子がわかってきた頃でした。今や、もう年度も後半です。2021年、何と6分の1年が終わってしまいました。


2020年の9月から、現地公立校1年生(1st grader)の 長女は完全リモートで、現地私立幼稚園年少(Pre-schooler)の次女には対面指導が始まりました。対照的な状況の二人です。
アメリカ西海岸、我が家の校区は公立校は完全リモートで開始して、3月から一部対面指導を始めるとしていましたが、まだそのめどは立っていません。
それでは、対面指導が再開した次女から。


次女(3歳)

  • 私立のPre-school
  • 1クラス10人程度
  • 対面で半日(3時間)
  • 週4回

一昨年度も2歳半から通っていたのですが、去年の春に自宅待機命令が出てから、夏休みまでオンラインになってしまいました。といってもzoomが週一回。あとは先生から毎日のアクティビティの連絡やビデオがメールで届きました。月謝はいくつか選択肢を提示されましたが、うちは半額払っていました。
昨年の9月からは、対策をしっかりとして、少人数で対面指導が再開しました。マスクは子ども達も先生も送迎の保護者も徹底してます。毎朝外で検温、手の消毒をしてから中に入っています。先生達も大変だと思うのですが、この年齢の子どもはやっぱり対面が重要だなと思うので、行かせてよかったです。

妊婦の私にもリスクはあったのですが、次女を英語環境で預かってもらえて、しかも遊ばせてもらえて、勉強(アルファベットとか数字)も教えてもらえるというメリットの方が上だなと思いました。その間、長女の授業や課題にも集中できるので。
このプリスクールは、時間が短い割にそこそこのお月謝を払うので、親も意識高めの人が多いのか、鼻水出たから10日休ませるとか、ちゃんとやってくれています。そのため、開始早々ある週は半分以下の人数になっていました…。人数が少ないと、心なしか次女は楽しそうでした。あと、今までは保育園や幼稚園に行き始めると、決まって風邪ひいていたのが、今年度は全く体調を崩さずに通い続けられています!風邪予防、やればできるってことですね。
次女は長女と同じく英語環境が苦手で、夏休み明けは嫌がって毎朝泣いてましたが、最近はそんなこともなくなってきました。今のうちからたくさん英語をインプットしていってほしいです。親が正しい日本語使っていたら、日本語話せなくなるなんてことはないです。そしてやはり、この年代の子どもは対面指導は必要だと実感します。

 

長女(6歳)

  • 公立1年生
  • 完全リモート
  • 週5回(半日1回)

学区全体で、夏休みの間に準備万端にして、新年度に臨んでもらえたようです。ほぼ意味なかったのではないかという前年度最後の3ヶ月間とは打って変わって、新年度からはリモートで進めていくぞという先生方の意気込みを感じます。そのぶん、ここまでやったからにはそう簡単に対面に戻らないのではないかという雰囲気も感じています。
我が学区はキンダーから2年生まではiPad、3から5年生はChrome bookが全員に配布されています。近郊も同じような状況です。長女は1年生なので、型は最新ではないもののピカピカ新品のipadと、分厚いシリコンの丈夫そうなケースを受け取り、ちょっと感動しました。予算があるからこそ、リモート続行ができるということなんですよね。予算が無いと、一斉配布できないから、リスク覚悟で対面指導を再開しないといけないのです。
後にも書きますが、1年生以上なら、オンライン学習は一応成り立っていると思います。オンラインの方が、かえってきめ細かい対応ができるところもあるように思います。逆に、画面の外で何しててもわからないというデメリットもありますが。オンラインでできるなら、事態収束まではオンライン続行が良いと、個人的には思います。


最初の1週間はとにかく操作の練習。自分でmute / unmuteを切り替えたり、手を挙げるマークを出して挙手したり、課題を提出する方法を皆で練習していました。昨年度はZoomを使っていましたが、今年度はMicrosoftのTeamsで授業をしています。課題提出などのコミュニケーションは、See-Sawというポータルを使っています。オンラインの各種有料サイトも使えるようにしてもらっているので、フル活用すればかなり良い環境だと思います。…が、なかなか疲れちゃうのでそんなに色々なことはできないな、と思っています。
1年前、キンダーでリモート授業が始まったばかりの頃に比べて、長女の態度はかなり変わってきました。恥ずかしがらずに発言できるようになってきたのです。親が見ていても気にせず英語をしゃべるようになりました。相変わらず声が小さいのですが、今のiPadはマイクが良いのか、よく拾ってくれてスピーカーから出ていくので、先生達にも聞こえているようです。これは思わぬ効果。多分教室じゃ聞き取ってもらえないレベルなんですけれど。
長女はこのまま年度内はフルリモートを選択しているので、引き続き自宅で頑張ってもらいます。長女、すごくよく頑張っています。一人の人間として尊敬するレベルです。本当に偉い!
ちなみに、英語を第二言語とする子ども向けの授業ELLを受けていますが、毎日4人グループで45分もみっちり読み書きを教えてもらえて本当にありがたいです。グループの他の子も、私からしたら英語のコミュニケーション全く問題ないように聞こえる子達ばかりなので、長女は受け答えも日々学んでいると思います。

 


クラスでよく使うオンライン学習サイト

市単位で、一括で様々な有料サイトを使えるようにしてくれているようです。家庭学習環境としては、ちゃんとやれば最高なんでしょうが、担任の先生にもよりますが、意外と実際に使うサービスは限られています。以下は、長女のクラスでよく使うオンライン学習サイトです。日本のお子さん達にも、英語学習に良いのではないでしょうか。

Raz-Kids

有料サイトのようで、ログインが必要ですが、よくできていて一番ありがたいサイトです。レベルがAからZまでに分かれた大量の本を読むことができます。最初に音声を聞きながら黙読し、次に自分で音読、最後にクイズを5問解きます。音声聴けるのが、英語ネイティブのいない我が家にはかなりありがたいです。カテゴリー別に本を選ぶこともできます。我が家は毎日最低2冊、最後のクイズまで解くことにしています。現在長女はレベルCくらいのものを読んでいるようです(ものすごく短くて簡単)。1年生はJくらいまで読めるようになるのが目標だそうです(多分無理)。担任が進捗状況を把握してくれているようです。

 

IXL | 算数の練習問題

ひたすら算数の問題を出してくれます。学年の区切り関係なく、各自できるところまで進めて、その子が間違えたり苦手な問題を重点的に出してくれます。先生からは、日によって10分やるように課題が出ます。担任が進捗状況を把握してくれているのかな?

 

BrainPOP

長女は1st.なのでBrainPOP Jr.です。たまーに、算数や理科の分野の動画を見るように指示が出ます。