国語の教員でしたが、アメリカで子育て始めます。

高校の国語科教員を退職し、1歳の子どもを連れて、アメリカで生活を始めました。英語から最も遠い職業だった私の、渡航から英語の学習、米国での生活、子どもの教育等を綴ります。現在、上の子3歳。下の子1歳。

米国出産体験記3 入院2日目 〜無痛分娩編〜

2:00 お風呂に浸かる


子どもが寝静まってしばらくした頃、助産師さんに勧められて、お風呂に浸かることにしました。この時は確か、つけていた管が全部外されて、解放感を味わえたと思います。何よりも独りになれる空間がありがたかったです。何かあってはいけないので、ドアは開けっ放しでしたが。
朝からずっと初対面の人と接してばかりで、気疲れもしていたのだと思います。
ずっと浸かっていたかったけれど、1時間ほどで出ることになりました。

 

子宮口3cm

ここまで陣痛も強くなってきたし、かなり進んできたのではないかと思ったのですが、あまり進んでいませんでした。正直、マジで!?という思いでした。

 

点滴の麻酔×3

 陣痛を若干和らげる点滴を、一度の分娩につき3回まで使用できる、と言われていました。一回使うと1〜2時間もつそうです。3:00頃から9:00頃までの間に、断続的に使用することにしました。これをすることで、多少頭がぼーっとして、陣痛の合間にうとうとすることができましたが、ほとんど寝ていない状態で朝を迎えました。

 

5:00 通訳さん交代

通訳さんは、最長で連続して12時間しか働けないらしく、一人目の通訳さんがここで交代します。前日の夕方から、早朝まで、本当にお世話になりました。

二人目の通訳さんは、かなり高齢な感じでした。正直、通訳としてはあまり頼れなかったのですが、何ともいえない優しい雰囲気を持っていらして、長女が「おばあちゃん^_^」と、なついていて、本当のおばあちゃん(実母)が到着するまで、助かりました。

 

子宮口6cm

おそらく陣痛促進剤の量も徐々に増えていたと思います。朝方、ようやく子宮口が6cmになりました。しかし、点滴の麻酔をすでに使い切ってしまっていて(といってもかなり痛い)、これ以上の痛みに耐える自信がありませんでした。夫も、もういいんじゃない?という感じでしたし、何よりもとより自然分娩にはそれほど肯定的ではなかったのは知っていました。

私が自然分娩を希望したのは、陣痛とはどれだけ痛いものなのか、どんな痛みなのかを経験してみたかったからでした。結果…よくわかりました!!

陣痛は、生理痛とも、前駆陣痛とも全く違いました。下痢の痛みとも全く違うと思いました。私が感じたのは、膀胱の痛みに近いのではないかと思います。実際になったことはないのですが、膀胱炎のような痛み。小をすごく我慢した後、用を足すと痛い時がありますよね?(え、ありませんか?)その痛みを100倍にしたくらいの痛み、だと私は感じました。

 

9:00 エピドゥラル(無痛分娩)を決意

前日の破水から24時間が経過しました。区切りが良く、もう十分頑張ったと自分で思えたので、エピドゥラルを使用(無痛分娩)することにしました。これによって、体力が温存でき、全開になった後の出産に全力を注ぐことができます。ちなみに、子宮口が全開になった後には、使用することができないそうです。

 

10:00 麻酔科医到着

確か1時間ほどで、麻酔科医(達)が入ってきました。3人くらいいて、一人目の男性がおそらく一番偉い?人みたいなのですが、コテコテのアメリカ人。自己紹介したかと思うと、「昨日自分でケーキを焼いてきたんだよ、バースデーケーキ!あ、でもまだ食べちゃダメだよ。赤ちゃんが生まれてから食べてね。だってバースデーケーキだから!ワッハハハ!!」と超ハイテンションで手のひらサイズの丸いカップケーキを手渡してくれました。なんか、コテコテの紫色のクリームでデコレーションがしてあって、赤い文字で「Happy Birthday!」と書かれていました。

もう一人がインド系のすごい美女で、おそらく研修医のようでした。この人が実際に私の背中に針を入れたのですが、横からさっきの男性医師が、「いいぞいいぞ!うまい!よくやった!」みたいに、松岡修造ばりの掛け声をかけていて、なんか逆に心配になりました。

私が、以前帝王切開をしていて、今回VBAC(ヴィーバックで通じます)をしようとしていることを知ると、その男性医師は「ヒュ〜!VBACなの!?イェーイ!」みたいなノリで何だか嬉しそうでした。まあ、特に意味が無くても、善いアメリカ人というのはこういうものなのかもしれないな、と良い経験になりました。

 

これが無痛分娩!

エピドゥラルを入れると、下半身が動かせなくなって、食事も摂ることができません。しかし、こんなに素晴らしいものだとは思いませんでした。陣痛がきているのは分かるのですが、先ほどのような痛みを感じません!全く痛くないというわけではなく、陣痛の間焼けるようにジンジンするのが分かります。でも、リラックスして談笑することができるのです。長女と話すこともできて一安心でした。

この日、実母がアメリカへ到着する日だったのですが、ちょっとドタバタしたので、冷静に話ができる状態でいられてよかったです。

 

15:00 実母到着

この日、昼ごろに空港から一度母から電話が入ったのを最後に、3時間母が行方不明になってしまいました。結局病院のロビーで夫と行き違いになっていただけだったので、会えた時にはほっと一安心でした。

 

赤ちゃんの顔の向き

内診の結果、赤ちゃんが通常と反対を向いていると言われました。赤ちゃんは、母親とは反対(つまり下)を向いているのが理想なのですが、うちの子は上を向いているというのです。医師が、中で回転させてみるというのでチャレンジしてみましたが、本当に中に手を入れて、赤ちゃんの頭をつかんで回そうとしていました!結局うまくいかず、「赤ちゃんはこっち向きが良いみたい」と笑っていました。これがけっこう痛くて、エピを入れてなかったら失神しそうなくらい痛かったんじゃないかなと思います。

 

17:00 二人目の通訳さんとのお別れ

ここで、二人目の通訳さんともお別れです。次の通訳さんは、すこし経たないと来られないとのことで、何かあったら夫が通訳してくれました。

 

18:00 長女は実母とホテルに宿泊

部屋でみんなで(私以外)夕食を摂って、母と長女はホテルへ行くことになりました。長女は母親がいない状態で寝泊まりするのは、初めてです。でも、おばあちゃん大好きだし、明るくて面倒見の良い母に、長女はすぐになついていたので大丈夫かなと思いました。(後で時々長女自身がこの時の心境を語ってくれるようになるのですが、もう涙無しには聴けない話でした)

今晩はホテルに泊まるよ、と言うと、長女は嬉しそうに母と病院を後にしました。

 

21:00 三人目の通訳さん到着

 確か、三人目の通訳さんの到着とほぼ同時に、分娩がスタートしました。

三人目の通訳さんは、アメリカでの初めての妊婦健診でお世話になった方であり、産院ツアーにも来てくださった方で、私としてはかなり嬉しかったです。しかも実母にちょっと顔が似ているんです。あいさつもそこそこに、分娩がスタートしました。

 

全開!

全開です、これからいきみ(push)ましょう、となりました。今日中には生まれるでしょう、と言われ、テンションが一気に上がります。正直、ここは未知の領域なので、助産師さんの言うなりになってやるしかないと腹をくくりました。日米の違いはよく分からないのですが、私が言われたやり方は以下の通りです。

助産師さんが、計器を見ながら陣痛が来るタイミングで声をかけます。「1、2、3」で息を吸って、その後10数える間は息を止めて思いっきりいきみます(Push! Push! Push!〜と連呼される)。その時、手でひざの裏をしっかりつかみます。

この頃には、エピドゥラルはすっかり切れていて、足も普通に動かせるし、陣痛も普通に感じましたが、それくらいの方が力が入って分娩しやすいからということで、追加されませんでした。本当にいきんでいる間は陣痛の痛みが無かったので、話にはきいていたけれど、びっくりでした。

 

出てこない!

疲労困憊の夫はうとうとしていたのですが、分娩が始まるとさすがに起きて、これまでにないくらい応援してくれました。彼もこの瞬間を待っていたのです。しかし、1時間、2時間と経つともうフラフラしてきていたので、これは引導を渡してやらないといけないと思い、「寝てていいよ」とそっと伝えました。夫は「すまない」と言っていたと思います。

 かくいう私も、前日からの疲労が大きく、次の陣痛が来るまでは寝ているような状態でした。そうして分娩も3時間が経過し、2日目が終了します…。生まれなかった…。

 

3日目に続きます。